錯視
人間の平衡(へいこう)感覚における水平・垂直を見極める能力は敏感で、物体が傾いていると不安定な感覚に陥りますが、複数のかたちを同時に見たとき、かたち同士が影響し合って錯覚を起こし、大きさ・長さ・方向などが実際とは異なって知覚されることがあります。
これを錯視とよびます。
錯視図形は、視覚における脳の情報処理の過程を解き明かす手がかりとして、物理学や心理学の研究者たちによって提示されてきました。
ドイツの物理学・天文学者ツェルナーが発見した「ツェルナー錯視」は、縦に引かれた線が平行ではないように見えますが、実際には平行です(図1-3-1)。
平行の線に一定の角度の短い斜線が連続して交差しているときに見られる現象です。
また、「ツェルナー錯視」と同様に水平の線が斜めに傾いて見えるものとして、「ミュンスターバーグ錯視」があります(図1-3-2)。
ドイツ出身のアメリカの心理学者ミュンスターバーグが発見しました。
「ミュンスターバーグ錯視」を応用展開した錯視として、「カフェウォール錯視」(図1-3-3)があります。
ドイツの物理学者、ポッゲンドルフは、「ツェルナー錯視」について書かれた論文記事を読んでいるときに、斜線が水平垂直の図に遮られた際に、その斜線がずれて見えることに気づきました。
これを「ポッゲンドルフ錯視」といいます(図1-3-4)。
また、実際には直線のはずが湾曲して見える錯視もあります。
ドイツの心理学者ヴントにより19世紀に発見された「ヴント錯視」は、2本の水平線が周辺の斜線に影響されて、内側にゆるやかに湾曲しているように見えます(図1-3-5)。
逆に、図の中心から引かれた放射する線に影響されて、2本の水平線が外側に膨らんで湾曲しているように見える錯視を「ヘリング錯視」といいます(図1-3-6)。
ドイツの生理・神経科学者ヘリングによって発表されました。
「ミュラー・リヤー錯視」と「ポンゾ錯視」は、2本の水平線の長さが異なって見える錯視です。
「ミュラー・リヤー錯視」は、ドイツの心理学者ミュラー・リヤーが発見した錯視で、脳が水平線の長さを判断するとき、斜めに接した線を手がかりにしていることを発見しました(図1-3-7)。
「ポンゾ錯視」は、イタリアの心理学者ポンゾが1913年に発表した錯視で、頂点から広がるように引かれた左右の線の間に並んで置かれた2つの水平線を比較すると、上の線より下の線のほうが短いように見えます(図1-3-8)。
ポンゾは、かたちの大きさを判断するとき、平面上に描かれた図形であっても、視覚における脳の情報処理の過程で奥行きを読みとろうとする機能が働くため、左右の線が遠近感を生じさせてしまうと考えました。
かたちの相対的な大きさの知覚に関連する錯視としては、「エビングハウス錯視」、「ジャストロー錯視」があります。
「エビングハウス錯視」は、ドイツの心理学者エビングハウスが発表した錯視で、中心に配置された2つの円は同じ大きさでありながら、周囲の円の大きさによって実際よりも小さく見えたり、大きく見えたりします(図1-3-9)。
「ジャストロー錯視」は、ジャストローが発表した錯視で、上下に配置された同じ扇状の図形の大きさを比較すると上に置かれたほうが小さく、下に置かれたほうが大きく見えます(図1-3-10)。